日曜日, 6月 03, 2012

いいね! Like! は、使い方によってはネガティブにもなる!

今日もFacebookの話題から話そう。いいね!という肯定的スタンスから積極的にコミュニケーションの回路を創り出している訳だが、これは使いようによっては、ネガティブな意思表示にもなることを知っておくべきかもしれない。つまり、こちらは、絶えずいいね!を押してあげるのに、こちらのコンテンツには、一切いいね!を押してこなければ、これは、何か有ると考えるのが一般的なリアクションではなかろうか。一般社会的に言うなら、シカトされた状態に似ている。 だが、お互い相当な年月を生きてきた社会人だから、最終的な拒絶としてのブロックまではしないで、友達関係は維持しておいて、無視する。これは、時間が経つと結構なストレスとなりそうだ。また、一端お友達にはなっても、いいね!の交流が疎遠になると、相手がポストしていても、自分のニュース・フィードに入ってこないという現象も生じている。これは、Facebookのサーバーの持つ、アルゴリズムのなせる業なのだろう。お互いの交流の頻度・程度・時間的推移をFBアルゴリズムが計算して、交流の高い順に、ニュースフィードを個々に構成しているためと思われる。その結果、生真面目な方は、それぞれのお友達のウォールにまで出掛けて、リアクションを入れているのかもしれない。要するに意識すべきは、此方からポジティブ・リアクションを先に仕掛けていくべき仕様となっている点を、認識しておくべきなのだ。

土曜日, 5月 26, 2012

カジュアルに情報発信

Facebookに、メディココミ@四日市大学という大学の専攻のページ、開設して約1ヶ月が経過した。毎日、なんらかのコンテンツを掲載し続けている。当初、漠然としていた構造に対するイメージも、1ヶ月の試行期間中に明確になってきた。卒業生の今、在校生の様子、教授陣の紹介、イベントや学事上の出来事のフォロー、そして、大学HPへのリンクなど、振り返ってみれば、結構コンテンツがありそうなことが解ってきた。教授陣の紹介などは、1度紹介したら終わりではなく、何度も違った側面から紹介すればいいのだから、その都度のコンテンツ(記述する焦点)も手短に、印象的に伝えることが出来る。面白くできる構成なのだ。また、ビジュアルも、同じ建物の外観を、アングル違いで、その日の天候や風情が出やすい瞬間を狙って、繰り返し登場させている。これはTVCM的なある種の手法を応用している。そして、意外に、驚くべき反響がある。ある視聴者などは、「息子の大学選びの情報誌に四日市大がでていたけど、何か親しみを覚えました・・・・!」とあった。してやったり、なのだ!
今、やってよかったと思えることの一つに、卒業生の掘り起こしが進んだことだ。なんらかのSNSを独自にやじめている卒業生が多く、意外と簡単に4〜5年音信が取れていなかった卒業生たちとコンタクトが取れるようになった。これは、有り難い!
次のステップは、在校生たちのなかから、学生自ら発信する局面をプロデュースすることだ。

土曜日, 5月 19, 2012

福井のクリエティブ・スポット FLATの SCHOOlING: 菱川勢一さん、森の木琴を語る

森の木琴というDOCOMOのCMをまとめ上げた人として、最近、超有名になっている菱川勢一さんの講演会に行ってきた。
本人の肩書き紹介では、映像作家/デザイナー/写真家となっているが、基本は、クライアントの意向に沿って、あるいは、意向にだめ出ししながら、何かの新しい価値を創り出すクリエーターと言える。手がけた作品群、いや、プロジェクトといった方が適切かもしれないのだが、事例を挙げながらプレゼンが進んでいった。事例としてあげられたのは、Long Lifeのシリーズ、NHK大河ドラマ「功名が辻」のCGのみで構成したタイトル、鹿児島の老舗デパートと地域を結びつけた再生プロジェクト「Maruya gardens」の話、ぼろぼろに崩れてしまったSonyのブランディングをどう捉えて、如何にSonyを叱りつけて、銀座のSony Bildingのイメージ映像を完成させたか、そして、トリが、DOCOMOの「森の木琴」の話だった。
約1時間半の予定を40分以上オーバーする熱の入ったレクチュアだった。久しぶりに本物の話が聞けた満足感に浸っている。いくつか、感想・印象を記録しておこう。
森の木琴がカンヌで3冠を獲得したニュースは、丁度、昨年の今頃の話だった。震災後のうつうつとした世相の中に飛び込んで来たニュース、そして、森の木琴の映像が醸し出す、静寂で、それでいて、最後まで一種のドキドキ感を抱かせながら木琴が演奏していくスリルに、心が洗われた記憶がある。しかし、映像とは裏腹に、そこに秘められたコンセプトは、放置されて久しい日本の森林が、まさに死んでいこうとする瀬戸際にあること、森林に光を入れて、共生植物を豊かにする間引き伐採ができなくなっていること、すなわち間伐材が放置されている現実など、環境問題化している「死に行く日本の森林」を見直し、木材に対する社会的な需要を呼び起こす手立ての一環として、木製の携帯電話が企画された。このような環境との関わりから、この木製携帯とCNが企画された点はあまり知られてない。
従って、ロケハンは、まず死に行く森を見つけることから始まり、そのロケ地に近い環境のもとで、木琴を製作してくれるチームを九州大学の学生さんたちに協力して貰い、約44メートルの木琴を森の中に設置する。撮影は、合計で49回に及んだが、最後に木製の球が木製携帯の横に見事に止まるまで、撮影チーム、スタッフ全員が粘りに粘って、最終ショットをものにした話は、製作現場の空気が伝わってくるような緊迫感があった。
関連URLs:
https://www.facebook.com/events/257832707647511/
http://www.drawingandmanual.jp/



金曜日, 5月 18, 2012

キュレーション/ paper.li

博物館や美術館の学芸員のことを、キュレターと呼ぶが、その意味するところは、情報を、あるいは、モノを収集し、整理し、多くの方々に展示して観てもらえるようにする役割をさしている。2001年同時多発テロを契機に、アメリカの大手メディアサイトから始まったブログ文化も成熟し、数年前からは単文投稿スタイルのTwitterや日常的な発信メディアとなったSNSがネットの主役になってきた。TwitterやFacebookをはじめとするSNSがネットの主役に成って来た今日、それまで、個々のユーザーが、主にブラウザーのブックマークとしていたお気に入りのサイトや、勉強のためにウォッチし続けるサイトが増え続け、ルーティンでいちいち訪問する事が煩雑になって来た。そこで生まれたのが、個々のニュースソースを一括して、新聞のように、まとめてくれるサービスだ。その一例が、以下のリンク。
デイリー東北大学

土曜日, 5月 12, 2012

積極的なコミュニケーションの回路創り

当面、Facebookの特性について書いていくことになりそうだ。昨年、震災の1週間後くらいにFBに参加した訳だが、その当時の感想としては、なんという玉石混淆なことよ!、と言う感想である。当方は、震災報道、特に福島原発報道の審議についてのレビュー投稿を中心にみていたので、メシネタ投稿や、個人的な家庭風景の投稿などが、時節に合わない、いや、むしろ時節を考えてひかえるべきじゃないだろうかという思いさえ持ったものだ。また、若い人の投稿と、30代、40代の投稿では、さまざまな意味で温度差が有りすぎで、その落差を自分自身のなかで消化出来ない傾向にあった。
そこで考えたのが、自分自身のスタンスを持ったルーティンを確立してみることだった。私の場合は震災復興支援のためのクリック募金を、毎朝投稿し、リアクションのある方々と、日常的な挨拶を交わすことだった。これを始めてから、大いに気がつくことが出てきた。皆さん、なんらかのアクションをしたいのだが、その切り口をみつけるのに智恵を絞っていらっしゃるということ。つまり、SNSは、黙って居ては、リアクションと繋がりが生まれないという現実だ。そして、このメディアが「積極的なコミュニケーションの回路創り」のためのメディアだという回答だった。

金曜日, 5月 11, 2012

動的なWEB、静的なWEBの二極化に進むのか

SNSを体験していると、実にフラッシュなニュースの渦に時間がいくらあっても足りないくらいの感覚に陥ってしまう。一方、いままでのような旧来型のHPやブログを拾い読みしていると、じっくり考えながら読み進もうとするので、これもまた時間を食ってします。結果、ネットに依存状態のママ終日過ぎて行くこともままある。これで、良いのか?
Facebookの中に「メディコミ@四日市大学」というページを作成した。始めてみて、今感じていることは、いいね!を貰うためのプロモーションが必然的に求められ、そのための仕込み、発信作業が実に労力のいる仕事だと言うことだ。ネタの仕込みには自信があっても、継続的に続ける気力がもつか、心配だ。
以下、気になっているメディアリテラシー上の話題のリンクを掲載しておく。
削除要請を大量に無視している2チャネルの件:

木曜日, 5月 10, 2012

約1年ぶり

Facebookをはじめて約1年が経過した。震災報道、特に福島原発事故関連のマスコミ報道に疑念を持ち、その検証のために始めた訳だが、メディアリテラシー力を試される場として、Facebookは格好のステージだった。今や、メディア大手も、必ずSNSへのショーシャルリンクを揃えるようになっているし、情報の伝搬力、波及性など、テレビに肩を並べるレベルに近づいている言っても過言ではない。では、このような旧来式のブログはどうか。約1年ぶりに投稿する訳だが、その答え探しに、しばらくこちらにも、書き込んでみようと思う。きょうはそういう意思表示の書き込みだ。

日曜日, 5月 29, 2011

雨の日に思うこと:

こんにちは黒島です。台風の影響で、各地雨模様ですね。伽藍のスタジオ玄関前を、ご覧のような感じで、雨の影響で少し肌寒く感じる日曜の昼時となりました。先週、FBである方と議論していて、言葉の使い方や取り上げる話題で、本質が外されることがあるのだという経験をしました。私はもと科学ジャーナリストですから、事実性、特に科学的に真か否かを、誰にでも理解できる形で示せなかったら、それは、無駄な取り組みになってしまう、あるいは、疑念や不必要な情緒を視聴者にあたえてしまう可能性があり、慎むべきだと考えています。
福島ケースにおける放射線被曝量の報道や、それに付随して発生する論議に、非常に心配する局面が多々あり、このFB内での論議も、有る箇所では危険な兆候もあるのではないかと感じています。しかしながら、日本国全体としては、この論議、まだまだ足りないのは事実。多くの国民が、不安を感じながら、世相の行くへを静かに注視しているというのが現状なのではないかと思います。だからといって、不安を煽り立てることが賢いやり方だとは思えません。
そのような事を考えている最中に、NPO法人セイピースプロジェクトのブログに、「放射線被ばくから子どももを守るために」を教えてもらいました。このリーフレットの中の4ページに、がんの発生率との相関で、「しきい値なしの直線モデル」という考え方が説明されています。これが、現在、国際的に、理性的で良心的な考え方だと説明しています。私は、これくら解りやすく説明できて、はじめて役に立つ資料=情報になるのだと思います。ということで、そのリンクを再録しておきたいと思います。是非、リンク先からグーグル・ドキュメントを手に入れて、読んでください。
http://blog.goo.ne.jp/saypeace/e/ef2483ae73e129febd88b39853bf6111

日曜日, 5月 15, 2011

虹を観るために

連休明けの講義、それも4日連続となると、さすがに疲れてしまった。しかも、昨晩は、気になることがあり、どうしても東北大学の石田研究室の取り組みをFbへ投稿しようとして、結局夜更かししてしまい、今日は、朝から調子が上がらない。しかし、金曜日中に、来週の講義のアウトラインを整理し終えないと、これも気持ちに響くので、いままでかかって何とか終えた。と言うことで、今晩は、このまま、就寝することにする。
震災からの復興の話題を考えるとき、都市社会から発想しては無理が生じるかも知れないという危惧感がある。日本を大事に考える人にとって、震災と原発問題は、現在、心痛の最大要素になっている。そんな中、ある人が南部牛追歌をポストしていた。また、東北大の学生たちが、地域社会の特性を活かした復興プランを提言している。元来、強固なコミュニティーが日本のどこよりも根強い東北の社会に、都市生活者では、感覚的に、発想的に、立ち入れない領域があることを充分に認識した上で、手助けを考えていきたいと強く思うようになっている。かくいう私も、ついつい、都市型生活者の発想に陥っている場合が多いと反省している。
一方、原発報道に関しては、国は国民の混乱を防ぐための「安心の演出」から、炉心溶融、核燃料棒の損傷について、明確な表現をさけてきたが、炉心や燃料棒への損傷があることを、ようやく認め始めている。しかし、メルトダウン、あるいは核爆発といった表現の現象かどうかについての詳しい検証は、出ていない。というより、現状、不可能なのだ。ロボットでの査察しか出来ないのだから。
放射線量のデータ開示についても、地元の研究機関がかなり突っ込んだ開示を始めているようだ。しかし、ここでも問題は、如何に健康被害に結びつくのかという、実生活の現状と照らし合わせての判断材料が、子供でも解る形で、可視化されていないことだ。勢い、ドイツの放射線汚染予測マップにすがっている方々も多い。これには、研究機関、行政機関、さらに国際的なサポートの中で、どうしても可視化する取り組みを必要としてる。子供にも解る絵解きと単純で、解りやすいコンセプトの提示が必要なのだ。
最後に、本職のメディア・ウォッチング課題としてのFbだが、知らぬ間にお友達が400名を超えていた。しかし、この間、スパムにより多くに方々に迷惑を掛けたり、あるいは、得体の知れぬなりすましに因縁を付けられたり、ウォールを勝手にいじられたりする事件にも遭遇した。セキュリティーに関するポリシーが、いままでの範疇とは違うのだろう。また、ニュース・フィードにこれまで自動的に入ってきた投稿先が、どんどん、遠のいているのを感じている。ニュース・フィードを構成するアルゴリズムの問題か、あるいは、何かの規制領域が最初から設定されているのかどうか、全く理解できない。ただ、自分のプロフィールの公開は、今後、徐々に閉めていこうと考えている。あるいは、お友達が1000人以上の方からのリクエストは、基本、考慮するというスタンスを取りたいと考えている。すべては、セキュリティーの問題だ。(5月13日作成)

水曜日, 4月 27, 2011

Fb体験1ヶ月目のメモランダム

Fbを始めて約1ヶ月が経ちました。311以降、表面をなぞらっただけのマスコミ報道にいらだちを感じ、独自に情報源を探す中で、新しいツールとして前々から気になっていてたFbを、ガチ、本気で始めました。自分が感じている事案にたいして、多くの人々がどのように感じ、どのように評価されているかを知りたい思いでした。結果は、見事大当たり。日々、さまざまなニュースが皆様によってレビューされ、あるいは直接意見を聞く機会を接することが出来、私の情報環境は著しく改善されました。有り難いことです。
お友達になって頂いた方々の日々の活動にも、もの凄く興味が沸いています。子育てしながら朝夕の新聞配達をこなし、そして貴重な時間にアクセスされている方、ご高齢の方がお孫さんをあやしながら最新のモバイル・ツールを操作されているその日常、海外にいても孫正義さんの記者会見オンエア情報を伝えてくださる方、過去にDVを受けたり差別をされた辛い過去が有りながら明るく前向きに情報発信されている方などなど、もう、ここは人生の大学のような処かも知れません。内のセミナー生は、全員会員に強制加入させました。つまり、Fbをやらない子には、単位を出しません、マジで。
立場上、最も注目していることは、災害時のメディアの対応ですが、直感的には、ブログにも書いたように、「ソーシャル・メディアの台頭は、マスメディアの没落を予感させる」。ネットが通信メディアと放送メディアを融合させてしまった訳ですから、当然の成り行きなのかも知れません。
自身のネット歴をふりかえってみると、@マーク付きのパソコン通信を始めたのが92年頃、福井からIIJのアクセスポイントへアナログ線で繋ぎ、出来たてほやほやのネットスケープを使ったのが95年でした。その後WWWが爆発的に増え、一種のフィーバーが起こり、その中で2001年の911を体験したネットはブログを生み出し、SNS文化を定着させました。そのSNS文化の中から、言わばパラダイム・シフトが起きたのが、Fbなのだと思います。
匿名が許される裏街道的、サブカルチャーぽいネットの世界に、太陽がようやく昇ったということでしょう。もちろん、企業サイドはネットを表街道として最初から使い出していましたが、個人ユーザーにとっては、サブカルチャー的な環境が続いていたように思います。そして、今回の災害です。私のFbへの参加は、こうしてみてくると、必然だったように思います。
今、私がもっとも応援したい方々とは、各自の持ち場で、心底誠実に目の前の課題に挑戦し、前向きに、ポジティブに活きておられる方々です。そして人として、それぞれの方々の感性にビビッドに響き合える方々です。そんな素敵な方々が、たくさんFbにはおられます。
最後に、東北や福島で活動され、厳しい中から現状を正直に伝えてくださる会員のみなさま、そしてそのような方々を直に応援されている会員の皆様へ、心から感謝とエールを送らせて頂きます。

黒島哲夫@ホテルエコノ四日市 10F

PS:Fbノートにも掲載済み

土曜日, 4月 16, 2011

石田英輝先生へのインタビュー・シリーズは必見!

我がエンゼルたち(ひかる11歳と好9歳)へ、今回の東日本大震災と福島限発事故に振り回されるこの時期に、何かをプレゼントしたいと考えた。最初は、ジブリのナウシカ・・・と考えたのだが、「いや、いまこそ、手塚治虫の火の鳥だ!」と直感し、アマゾンで手配した。今、その選択は間違っていなかったと確信している。
 何故確信に至ったかが、今日のテーマ。昨日に引き続きFacebook(以下、FBと略)を継続的に眺めているとそれぞれの人々が、何か今までとは違った感性で今回の事態を捉えているように感じたのだ。朝には、気持ちの良い音楽を引っ張ってきて、少しでも気持ちよく朝を迎えてもらおうと心を砕いており、夜には安らかに眠りにつけるように、ヒーリング効果満点のミュージック・クリップを用意するといった形で、とにかく、皆さん、優しいのだ。今、日本人は本当にやさしい。
 そして、FBから復興支援メディア隊なるグループを知った。その中に、東北大学環境科学部の石田英輝先生へのインタビュー・シリーズが掲載されており、深く感銘した。これは、必見のインタビューだ。そして、火の鳥で良かったのだと確信した訳である。
復興支援メディア隊

ソーシャル・メディアの台頭は、マスメディアの埋没を予感させる

インターネットを始めたのが1993年頃。97年には日本海側、特に福井の三国近郊ではナホトカ号の座礁事故があり、あの時はHPに事故関連URL集を創り、当時最新情報のソースとして最も定評のあったNTTのWhat's Newに大きく取り上げられたのを、思い起こしている。ボランティアが駆けつけるまでの2、3日は、次々と立ち上がる災害情報を掲示したHPのURLをせっせせっせと集めて掲載し、その合間に現地へ出掛けてボランティアもした。持ち帰ったデジタル画像が、中央の通信社に引き継がれ、マスコミにも掲載された。毎日寝ずにHPのメンテに明け暮れたが、1ヶ月程すぎると、事態は収まり、HPへの訪問者数も減衰し、2ヶ月後にはURL集は閉鎖した。
 先週からFacebookを始めているのだが、約1週間でお友達が60名近くになり、はたと、先に書き出したナホトカ号座礁事故の時を思い出したのだ。アクセスを依頼する、反対に依頼されるという関係が、あの時のあり方とよく似ているからだ。それぞれのノードからノードへの結節点に近い存在として、自分の画面(ハイライト/最新情報)に描き出される世界。おびただしいトラフィックの1ノードとしての自分という世界は、この先どのように展開するのか、全く解らない。当面やりつづけるのだが、これは重要なメディア・ウォッチングである。
 ソーシャル・メディアの台頭は、マスメディアの埋没を予感させる。しかし、あまりにも「ゆるい」セキュリティーで、やはり、IT化社会の荒波を知った経験者しか、安全に乗り切れないのかも知れない。今日も1件、なりすましを見破り、レポートしたばかりだ。

水曜日, 4月 13, 2011

ガツンとやる方が好きだな

MISIA - 明日へ(復興応援メッセージソング)をフェースブックのリンクから観た、聞いた。これだけ質の高い、ハートのこもったビデオ・クリップが居ながらにして体験できるのだから、歌番組や商品としてのCD,DVDって、何なんだろう??すでにデッド・メディアになってしまったのかも、と思ってしまうのだ。ご体験あれ!
MISIA - 明日へ(復興応援メッセージソング)
それと比べてしまって申し訳ないが、サントリーがスポンサーとなっている復興支援CMの「上を向いて歩こう」シリーズ、私は余りよい印象がない。良く考えてみると、We are the Worldを無意識に比較のイメージ対象としていたように思う。We are the Worldには、全員集合して、さぁ、一緒にやるのだという構成になっていて、合唱があったのだが、「上を向いて歩こう:シリーズ」には、それがない。ならば、その間隙を突いて、MISIAが浮上してしまうのだ。是非、見比べて、感じて、欲しい。
私は、一体となって、ガツンとやる方が好きだな。あるいは、イチローや孫さんのようにコメントなしで、ビシっとやるほうが好感持てますね。
PS:私も、YouTubeアカウントを創りました。いずれ、公開しますよ。

火曜日, 4月 12, 2011

ほっと@アジア:NHK BS1

セミナーには中国からの留学生がいる。今年のセミナー全体のテーマは、「東アジアの文化・文明の状況を解明し、何らかのメディア化に挑戦する」という、まぁ〜、なんとも大きなテーマ設定の元に進むのだ。で、マスターのお好みの番組を紹介。午後4時台だったのが、5時台にシフトし、仕事が早く終われば、なるべく観るようにしている。学生諸君も、バイトまでの一時、可能ならば、観てもらいたいと願っている。
ほっと@アジア:NHK BS1

月曜日, 4月 11, 2011

投稿者はアン・ルイスさんだった

Thank You America ともだち作戦 Operation Tomodachi
YoiuTubeへの投稿者:amberlese さんは、おじさん世代しか知らないかもしれないなぁ〜。女性ロック・シンガーのアン・ルイスさんだった。

日曜日, 4月 10, 2011

言葉が紡ぐ魂のリレー

明日で震災から1ヶ月。言葉が紡ぐ魂のリレーとでも言うべき記事。産経ニュース(WEB)が、この1ヶ月を振り返り、人々の言葉を紡いで、感じのよい記事をだしている。私は、すべてオンタイムで観ていたので目新しくはないが、まとめて読み返すと、確かに希望が見えてくる。
産経ニュース(WEB):「日本の救世主に」「死ぬ気で頑張ってくれてる人がいる」 震災乗り越える言葉の力

土曜日, 4月 09, 2011

ハナ*サケ! ニッポン!


東北地方のお酒・地酒を購入し、被災地の経済を活性化させようという動きが2〜3日前からフェースブックで盛り上がっている。被災地の地酒メーカーの方々が、ユーチューブへ、続々宣伝ビデオを投稿している。極端な自粛ムードの反動とでもいうべきムーブメントが拡がっている。下のポスターは、ダウンロードし、近くのお酒屋さんなどに持ち込んで、東日本ブランドを書き入れてもらい、張り出してもらおうという試みなのだと理解。私も数部プリント・アウトして、いつも行く飲料量販店へ持ち込んだ。検討してくれるそうだ。
ポスターはこちらから.......!

金曜日, 4月 08, 2011

南相馬市長がユーチューブでSOS

福島県南相馬市の桜井勝延市長がYouTubeで世界に向かって支援の呼びかけを行った。アクセス数も27万件近くに達し、各国メディアも注目している。政府や既成メディアの枠を飛び越えてアピールしている。淡々と、朴訥な印象の市長さんの呼びかけが、重く響いてくる。メディアの今を考えさせられるアピールだ。

速報性、共有感覚では、ツィッターやFacebookの時代なんですね

先週からFacebookを始めているが、なかなか面白い。思わぬ人からの繋がりで旧友を発見したり、音信不通気味の友人とのコンタクトが回復したり.....!
そんな中で今盛り上がっているのは、「ハナサケ ニッポン!」。被災地への消費活動という面からも応援になるし、なにより、負けるなニッポン、がんばろう東北! てのが、気に入った。フォロアーも多く、ビシバシ、YouTubeに自主CFを投稿している。こういう動きが、やがて、メディア使用の本流になっていくのだろうという予感がある。
ハナサケ! ニッポン!

1ヶ月後のM7.4 震度 6   2元観測

先ほどの地震、ほんの少し、北陸はこの福井でも、かすかに揺れを感じた。そこで、NHKを観ながら、グーグルの東日本震災のポータルサイトに刻々と流れるツィートを眺めていた。テレビ情報・プラス・現地情報もまばらに入ってきていて、貴重な観察が出来た。
そして、解ったのだが、ツィッター情報には、明らかに限界がある。だが、外にいる人で、ワンセグをテレビを映せない携帯をもっている人には、これだけでも確かにある種の救いには成りそうだ。しかし、それも電波をリレーする地上局が被災してしまえば、効力はたちまちゼロに近づくのだろう。さまざまなリスポンスが玉石混淆としすぎていて、緊迫した状況下では混乱の基になる可能性も大きい。そこをかぎわけ、重要情報だけを選び出す「勘」に基づいた分析能力が必要。相対的に、被災地、現地からの情報は、信頼性が高い。

   アマゾン・プライムのラインアップ構成、なかなか気が利いていると思います。このお盆の時期、見放題のラインアップに、「戦争と人間=3部作品」や「永遠の0」が出てきていましたが、それよりも良かったと思ったのは、「空人」です。エンターテイメント性は希薄ですが、これぞ名画といった作品...