火曜日, 1月 30, 2007

塩野七生著「ローマ人の物語12巻、13巻」

1年に1冊ずつ出版されてきた塩野さんの「ローマ人の物語」も昨年末に出版された15巻で完結した。この機会に、最終刊まで一気に読み込んでみたいと考え、先週末から12巻、昨晩からは13巻を通して読み終わった。明日には、アマゾンから14巻と最終巻が届く。
 私がこのシリーズに手を染め始めたのは、いまから4,5年前になる。大学のお休み期間中を利用して、休みごとに3,4巻づつ読み溜めてきた。その最大の理由は、もともと多神教国家だったローマ帝国が、なぜ、帝国末期にいたってキリスト教を擁護する側になったのか、その理由が知りたいからだ。そして、ローマ帝国の崩壊から15世紀のルネサンス革命までの約1000年の中世暗黒時代を迎える訳だが、その間、知識や文芸の中心が、言い換えるならば、キリスト教会のみがインテリジェンスの中心に座ってしまうのだが、どうしてそのような情報、知識の集中現象が起きてしまったのかという疑問なのである。
 以上の疑問は、私の出版文化論を構成する上でも大変重要なことである。出版文化を構成する場合、ルネサンス期に起こったグーテンベルグの印刷革命へ行き着く前に、どうしても中世について触れなくては成らず、そうなると、キリスト教会の情報センターとしての性格に触れざるを得ず、必然的に、その前の時代の治世から説き起こしていく必要に迫られるのだ。
 「ローマ人の物語13巻 最後の努力」を読み通して、第一の疑問、「なぜキリスト教を擁護する必要が出てきたのか」については、理解できたように思う。具体的には、混迷の3世紀を過ぎて、帝国に2名の皇帝、その後は4名の皇帝による共同統治時代を経て、コンスタンティヌス帝の時代になると、中世の絶対君主性に近い君主として存在するようになる。それまでの皇帝は、ローマ市民と元老院から信任を受けて、統治を委託された存在だったのである。ところが帝国があらゆる面で衰退し、北からの蛮族の侵入やオリエントのペルシャとの戦争などに忙殺されていく中で、皇帝はローマ防衛線(リメス)に張り付くようになり、どんどんローマの元老院との距離は遠くなっていく。その結果として、東西を2名の皇帝で守護していく体制や、4名の皇帝と副帝で統治していく体制となり、どんどんローマ的な価値観から離れて、絶対君主制へと近づいていくのだ。その最後に残ったのがコンスタンティヌスだったのである。
 コンスタンティヌスは、ローマ的ではなく、つまりローマ市民、元老院の信任を得て、つまりローマ的に言うのであれば、統治を委託されてではなく、自ら皇帝になった訳で、そうなると皇帝の信任をしてくれるもう一つ上の権威を必要としたようだ。そこで、キリスト教を擁護し、神の信任を受け、現世的な世界を統治するという体裁が必要となった。神から信任を与えられる戴冠式を挙行した最初の統治者となった。その後の王侯が、ことごとく、戴冠式を挙行するようになった原点だったのである。ローマの皇帝たちは、ローマの神々に祈ることはあっても、皇帝としての信任は、市民から、その代表たる元老院から受ければ、それで事足りたのだった。そして、帝都をローマではなく、コンスタンンティノポリス(現イスタンブール)ヘ建設し、キリスト教会は創っても、ローマのお神々をまつる神殿は一切建設しなかったのだ。
 しかし、世界の研究者たちの説を時折紹介しつつ塩野史観が書きつづられていくのだが、欧米の研究者の中にも、これほどまでにコンスタンティヌスがキリスト教を擁護しなかったならば、キリスト教が今日のように普及してはいなかったであろうとする認識が定着しているようだ。それほどまでに、コンスタンティヌスの行った改革は影響力を持っていたのだ。しかし、この施策の後、ローマは急激に衰退し、分裂し、暗黒の中世世界へと入っていくことになる。
 多民族を受け入れ、多宗教を受け入れ、市民権を既得権ではなく血税をあがなって獲得する獲得権としていたローマは、輝いていたように思う。太陽とともにあったように思う。自由で、多少奔放な雰囲気のあるローマが、コンスタンティヌスの登場で絶対君主制となり、輝きは、薄暗い教会に光るろうそくの炎のように、闇の中の存在になってしまうのだ。読み進みながら、だんだん寂しさが募ってきてしまった。

木曜日, 1月 25, 2007

梯久美子著「散るぞ悲しき」新潮社 


映画「硫黄島からの手紙」が今年度のアカデミー賞の監督賞、作品賞にノミネートされている。このブログでも取り上げたが、肝心の「硫黄島からの手紙」については、まだ何もコメントしてこなかった。観てはいるのだが。そこで、合わせて書いてみたい。
 日本の俳優たちが日本語で演技したハリウッド映画。監督はアカデミー賞作品賞、監督賞受賞監督のクリント・イーストウッド。当初、この硫黄島2部作品をどのように考えればよいのか、正直言って確信がなかった。しかし、日米両サイドから硫黄島の戦いを描こうとするアイディアには、何か時代的な大きな目論見があるのではないか、あるいは、時代が「何か」を求め、その結果としてこのようなムーブメントが出現したのではないかとの思いの元に注目していた。
 アメリカ側から描いた「親父たちの硫黄島」は、正直言って、あまり出来は良くないような印象があった。しかし、渡辺謙が栗林中将を演じた「硫黄島からの手紙」には何か感じるものがあり、その後の動向(アメリカでの反響など)をウォッチしながら考えていこうと思っていた。アカデミー賞にノミネートされるくらいだから、この映画の方がアメリカ側から描いた作品より、やはりインパクトがあったようだ。アカデミー賞の行方も楽しみだが、この映画を契機に、そしてこの映画に先行するように発行されていた栗林中将の戦いを書き下ろした梯久美子著「散るぞ悲しき」にも注目があつまり、かなり売れているようだと書評が伝えており、気に掛かる書籍として昨年の夏ぐらいから「詠んでみよう!」リストにブックされていた。
 昨晩、セミナー関連書籍を購入しようとして書店に立ち寄り、肝心のセミナー用書籍は見つからなかったのだが、ひょいと平積みにされた単行本をみると、この書籍が目に飛び込んだ。しかし、その場を離れ、文藝春秋を探しに行ったところ、こんどは文藝春秋の表紙に1行大きく印刷された「栗林中将 衝撃の最後」というタイトルが飛び込んできた。そこで、2冊まとめ買いしたことは言うまでもない。昨晩8時頃から読み出し、午前1時頃には両方とも読み終わっていた。深く感動し、しばし身じろぎもせず、その感銘にひたっていた。
 私は旧帝国陸軍の軍人たちについては、子供の頃から生理的に嫌いだった。精神主義的で、科学性がなく、何かというと天皇を持ち出し、その時代的な雰囲気がたまらなく嫌いだった。それに比べ、帝国海軍の方が、どちらかというと好きだった。科学性があり、時代を見詰めていた人材も多かったような印象があったからだ。日米開戦の端緒を開いた山本五十六大将はアメリカ駐在武官をしたくらいで、アメリカの国力を誰よりも知っていた。だから戦争を早期に講話へと持ち込まないといけないと考えていたことなど、当時海軍の方がグローバル・スタンダードだったのではないかと評価していたのだ。あるいは、「坂の上の雲」の秋山参謀の影響もあるかも知れない。彼もアメリカ駐在武官だった。
 今回、陸軍にもアメリカを本当に解っており、精神主義に走らない合理性と並外れた人間性に溢れる栗林中将のような人がいたことを、初めて知り、驚いている。特に、生来の職業軍人のイメージを大きく変更を迫る逸話の数々に、日本人の精神性の深さを知ることとなった。すでに多くの評論や書籍で著されているように、家族思いであったり、普通は職業軍人であれば使わない「悲しき」などという表現を使っていたりしていて、完全に帝国陸軍の軍人イメージを払拭するものだったのである。
 硫黄島から大本営に当てた最後の決別電報を、軍属として栗林中将に仕えた老いた貞岡信喜さんが誦じる場面から、この書き下ろしは始まっている。駄目だった。この部分からすでに涙が出てしまい、最後まで、なんども泣けてきて、しょうがなかった。アメリカの海兵隊を震撼させた軍人は、深い人間洞察に優れ、家族とのなにげない日常を心から愛した、心優しき日本人だった。この歳にして、またもや日本を再発見した思いに駆られている。

火曜日, 1月 23, 2007

王 敏(Wang Min)著「中国人の愛国心」PHP新書

昨年来、中国関係書籍を集中的に読破してきた。北京調査以降、中華文明を総合的に知る為に、まず陳舜臣さんの小説の中でも太平天国の乱以降の時代小説を集中的に読み込んだ。11月以降は、長江文明発見物語として、安田喜憲先生の書籍を読みこなし、さらに、中国から日本へ来て比較文化論を研究する社会科学系の学者の普及書を読み込んでいる。全ては、私が最も大事にしている出版文化論の勉強のためということもあるが、何故か、いまは中国に惹かれているのだ。
 日本の首相の靖国参拝問題から、中国では「愛国無罪」というプラカードを掲げた反日デモがあった。日本には先の侵略戦争にともなう人道的な責任があり、反日デモには常々過敏になっている半面、いつまで謝罪外交を続けなくてはならないのか、あるいは、自虐的な歴史認識をいつまでも持ち続けなくてはならない責任に、いささか、うんざりしている訳だ。しかし、その理由を突き詰めていくと、中国人のメンタリティや中国人が考える歴史というものに対する認識や彼らの思考回路について、我々日本人にはうかがい知ることの出来ない壁があることに気がつくはずだ。その壁され理解してしまえば、つまり理屈が解ってしまえば、ステップを踏めるというモノだ。そのようなステップを踏ませてくれる絶好の解説書である。
 例えば、中国人にとって国を愛するとはどういうことなのか。それがキーワード化された「愛国」とはどういう具体的な行動を指すのか。そのようなことをいままでどの日本人も正確には理解してこなかったように思う。この命題を、筆者は巧みな事例の引き方で、優しく解説している。四書五経の大学に出てくる「修身斉家治国平天下」から説き起こし、天意は民衆にあり、国家のために勉強することは即自分のためでもあるという中国古来の考え方を披露している。そして、その天意にそぐわない治世になった場合、ことごとく民衆は民意発揚のためデモや騒動を起こしてきた歴史を解説している。つまり、中国ではデモは日常茶飯事であり、それが中国全体の総意だと思いこむ愚かさを日本人に伝えようとしているのだ。天意に背く皇帝は、ことごとく民衆に追放されてきたとも解説している。
 私はこの書籍の一番すぐれている点であり、勉強になったところは、第5章の「中華文明vs西洋文明」である。近世に近付くに従って列強の干渉やキリスト教布教のための使節が中国に入り込む。これらの外来文化にどのように接してきたかを解説している。中華が世界で最もすぐれた文明であり、世界の中心であると自認していた中世から近世に至る過程で、外来文化に抵抗し、あるいは部分的に受容しながら近世へと向かうわけだが、そのプロセスが日本とはことなり、「抵抗と受容」という両極端な振れを持っていたことだ。日本のように、明治維新を境に、国学漢学から洋学へと一気に変更したわけだが、そのようにドラスティックに舵をとれなかった中国の姿を、歴史を追いながら解説している。この部分がとても説得力があり、とても勉強になる。
 太平天国の乱はキリスト教、すなわち外来文化を取り込んでの運動であり、次の義和団の乱は中国国産の文化に背を押された反乱でありといったように、外来を受け入れる側と中国古来の文化を守ろうとする側のせめぎ合いが、現在にまで続いている姿を、見事な解説で解き明かしており、この視点は中国史を見ていく場合の大きなよりどころになると確信した。今回は、素敵な学習となった。我がセミナーの中国人留学生に課題図書として渡さなくてはならない。彼女も大いに勉強になるはずだ。

日曜日, 1月 21, 2007

安田喜憲著・梅原猛/河合隼雄監修「大河文明の誕生」角川書店

昨年の11月頃から安田先生の書籍を集中的に読破してきた。いまでは文明論者として、さまざまな切り口を用意して西欧型文明論へ挑戦し、反省を求めている。例えば、中国原産の「龍」を軸とした展開や、縄文文明に代表される「森の文明」論や、非西欧社会ではいまだに生活に息づいているアニミズムの復権など、その論旨は自由奔放で、明解で、読んでいて快感さえ感ずるほどだ。
 この書籍は911同時多発テロの前年にあたる2000年に出版されている。日本のインテリジェンスを代表する二人の碩学の優が監修している。二人とも、国際日本文化研究センターの前所長、当時の所長という布陣だ。それだけに、この本の持つ価値は大きい。安田先生が環境考古学を提唱し始めたのは80年代の始め頃だった。湖沼の土壌に堆積した花粉などの化石の分布から、2万年前から現在までの気象変異を解析し、それも地球規模でその変異を解明し、いまから約5700年前の寒冷湿潤化が、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明を引き起こしていたこと明らかにした。寒冷湿潤化が、草原で遊牧していた民を大河流域で農耕する地域へと引き寄せ、交易や摩擦の末の支配によって、強力な支配権をもった都市へと変貌し、これが文明となったことを、実に解りやすく証明している。
 しかし、ここで問題になるのが、従来叫ばれていた四大文明のうちの黄河文明なのだ。黄河文明は、この5700年前の世界同時的文明化より約1000年遅れており、その意味が問われていた。その答えは、森の文明であり稲作と漁労によって生計を立てていた長江文明の発見によって、見事仮説は事実となる。さらにこの発見から、青森の三内丸山遺跡に代表される森の文明の同時性まで論を進めることを可能にしている。この書はそこまでの道程を、まるでミステリーを共に説き進むようなスリリングな展開で記述されており、一気に読み進むことが出来た。学術的内容を一般市民に普及する目的で書き上げられた書籍ではあるが、謎解きに夢中になる子供のように読んでしまった。最近、これほど知的興奮をした書籍が無かっただけに、読後の満足感は素晴らしいものがある。言い伝えとされる「ノアの箱船」の史実さえ、環境考古学的には実証されるのだ。実に面白い。
 私は出版文化論で、文字を使い出した四大文明を必ず取り上げている。しかし、これまでの講義では文字発明の項目へ進む前に、必ず無文字社会の存在を提起して、文字を持たなくとも社会や文化を継承し平和にくらしてきた諸民族の歴史があることを伝えてきた。文字というツール以外にもメディアは存在し、ある概念や空間認識をメディア化している事実を教えている。また、先史時代と歴史時代という対比で、自ら文字を使用して歴史を書き残してきた文明化された社会と、そうではない時代とを意識付けしてきた。このような解説手法に、もう一つの強力な論点を教えていただき、実は、嬉しくてならないのだ。やはり科学的なデータを示しての論議には説得力があるという点では、西欧由来のサイエンスは実に頼もしい。
 安田先生の環境考古学的発見は、即、地球史発見であり、その地球史に基づいて諸文明、地域の歴史を再検討すれば、新しい地球の歴史認識に辿り着けるだろうことは間違いない。まれにみる暖冬を喜ぶその先に見えている巨大な環境的試練を想像するとき、この書が提言する西欧的歴史認識からの脱却と新しい環境主義から導き出される人類の反省するべき課題が、待ったなしの緊迫感で迫ってくる。
 蛇足だが、安田先生の業績を勉強するなら、この書籍から始めるのが最も適切であるとの感想を持った。学生たちに勧めなくてはならない。

月曜日, 1月 15, 2007

安田喜憲著「龍の文明 太陽の文明」PHP新書

この本は、中華文明の象徴となっている龍の誕生から説き起こし、やがて寒冷化の気象変動の結果として龍をシンボルとした牧畜と畑作の文明(黄河文明)が、鳳凰と太陽をシンボルとする漁労と稲作の文明(長江文明)を衰亡させて中国の覇権主義、すなわち中華思想の核となってきたことを解説している。
 何よりの愁眉は、日本文明の危機を説いている第五章「東洋文明の復権」であろう。何故、日本の皇室は龍を受け入れず、菊を紋章としているのか。そして、過去にも覇権主義的な牧畜と畑作の文明による接触は有ったにもかかわらず、日本は長江文明の自然と一体となる発想をもった長江文明型の原理を採用してきたかが語られている部分である。その箇所を引用してみたい。
ー171pよりー 
 東アジアの稲作・漁労文明の中で変身した龍信仰は太陽や鳳凰とともに、
(1)自然への畏敬の念
(2)異なるものの共生と融合
(3)命あるものの再生と循環の世界観
(4)自然にやさしく生物多様性を維持
を現代にまで伝えている。この四つの稲作・漁労文明の世界観こそ二十一世紀の新たな東洋文明を構築するキーワードなのである。ー引用終わりー
 これに対して、牧畜・畑作の文明から生じているドラゴンは、覇権主義的で、環境をことごとく破壊し、人間の隷属化においてきた歴史を持っており、環境時代の世界がもっとも反省と修正を強いられている訳だが、これについても、見事なコンセプトを提示している。同じく、引用してみたい。
ー176-177pよりー
 このドラゴンを退治する世界観は、
(1)自然支配の世界観
(2)異なるものとの対決と不寛容
(3)直線的な週末の世界観
(4)森の徹底的な破壊と家畜以外の生物存在の拒否
 を現代にまで伝えている。この四つの世界観は、人間の幸せのみを考える人間中心主義を生み出して、はげしい自然破壊をもたらし、アニミズムに立脚した文明を邪悪な文明という名の下に歴史の闇の彼方に追放し、再生と循環を拒否する還元的な近代工業技術文明を構築した。ー引用終わりー
 そして最後に現在の中国との付き合い方について、国家レベル、民族レベルの話として、このままでは日本は中国の覇権主義的な文明に飲み込まれてしまい、それを嫌う民はボート・ピープルとなって太平洋に出て行かざるを得ないのではないかと愁いている。丁度、黄河文明に駆逐された長江文明を担っていた諸族が中国南方へ、台湾へ、あるいは、長江から離れた高地へと移住を余儀なくされたのと同じように、日本も中華覇権主義に犯されてしまうと危惧しているのだ。この部分、説得力があるだけに、戦慄を覚えてしまった。

日曜日, 1月 14, 2007

梅田望夫・平野啓一郎対談共著「ウェブ人間論」新潮新書

「ウェブ進化論」の著者と京都大学在学中に「日蝕」で芥川賞を受賞した若き小説家平野啓一郎との対談集である。「文系対理系の対決か」との先入観のもとに読み出したのだが、両者ともインターネットが社会にもたらしてきた価値の変容の様を、一様に肯定的に認めることろから対談は始まっていた。
 私は梅田さんの「ウェブ進化論」を読んで、グーグル、アマゾン、iPodのアップルをはじめとするウェブ2.0時代の代表格たちが進めているネットを介した社会改革のその先にあるビジョンに「神の領域」を設定していた点を、論説の不備、ビジョンの不徹底と感じていた。また、グーグルの情報へのアクセスを誰もがたやすく、情報の価値をネットのアクセス統計から順位を定めるアルゴリズムを開発し、その目指すところは、「世界政府」のような存在になることだと解説した点に、疑義を持っていた。
 今回の対談を読む限り、そのような言葉を使った結果として、リアル社会が誤解したかも知れないポイントを、平野さんの限りない執念のような問いかけで、梅田さんの真意、より実態に近い説明が成されたように感じた。
 両者とも大変な教養の持ち主である。しかし、現在の50代以上の世の権威筋が対談する内容より密度の濃い議論が交わされており、その点について、この世代は実によく勉強しているのだと驚いてしまった。日本では90年代初頭にバブルの崩壊があり、丁度その時期に大学生活を送っていた75年生まれの平野さんは、はてなやミクシーの社長たちと同じ歳で、ともに社会に対して大きな閉塞感を背負わされた世代だ。そのような閉塞感から、方や小説家、文学者として、独自に自己世界を解放していった平野さん。方や、30代始め頃、日本ではだめで、シリコンバレーから考えていこうとして、向こうに移住した上田さん。両者には、いまの世界をより良くしたいという志が見受けられ、ネットで稼ぐだけ、小説で稼ぐだけ、ではないことが解り、これは新鮮だった。
 最終的に、ネットの進化で、人間はどのように変容していくのかということが最大のテーマになっている。両者とも、ある種の変容が出てくるに違いないと確信してはいるが、その具体像については語り切れていない。模索中であるという、その実像が示されており、ビジョン追究の途中段階として読むべきだろう。
 来週の日曜日午後9時からNHKスペシャルで「グーグル特集」がある。学生たちに勧めなくてはならない。

土曜日, 1月 06, 2007

木全 賢著「デザインにひそむ<美しさ>の法則」ソフトバンク新書

工業デザイナーとして家電商品のデザインに関わってきた著者が、現代の工業デザインが意識している概念をやさしく解き明かした書である。黄金比率、白銀比率、3分割法など、デザイン的要素を考慮しなくてはならない領域で作業をする学生たちには是非読んで貰いたい書だ。とにかく、事例がシンプルで解りやすい。その「わかりやすさ」というユニバーサルな概念が、ときに地域性や民族的な風習によっても変わってくることなども少し触れられており、面白い。ただ、この書は深く知ろうと思う人々にとっては不満が残ることになろう。肝心の事例に不足しており、概念をおおざっぱに理解するには充分だが、さらに深く知ろうとするとするならば、最後に掲げられた参考図書へと進まなくてはならない。だから、あくまで、黄金比率とは何か、白銀比率とは何か、3分割法がクリエーター志望者の手始めに取り組むべきもっとも簡単なアプローチの出発点なのだということを教えてくれる、そのような動機付けとして、この書をライブラリーに入れておきたい。

   アマゾン・プライムのラインアップ構成、なかなか気が利いていると思います。このお盆の時期、見放題のラインアップに、「戦争と人間=3部作品」や「永遠の0」が出てきていましたが、それよりも良かったと思ったのは、「空人」です。エンターテイメント性は希薄ですが、これぞ名画といった作品...