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木曜日, 5月 10, 2012

約1年ぶり

Facebookをはじめて約1年が経過した。震災報道、特に福島原発事故関連のマスコミ報道に疑念を持ち、その検証のために始めた訳だが、メディアリテラシー力を試される場として、Facebookは格好のステージだった。今や、メディア大手も、必ずSNSへのショーシャルリンクを揃えるようになっているし、情報の伝搬力、波及性など、テレビに肩を並べるレベルに近づいている言っても過言ではない。では、このような旧来式のブログはどうか。約1年ぶりに投稿する訳だが、その答え探しに、しばらくこちらにも、書き込んでみようと思う。きょうはそういう意思表示の書き込みだ。

日曜日, 5月 29, 2011

雨の日に思うこと:

こんにちは黒島です。台風の影響で、各地雨模様ですね。伽藍のスタジオ玄関前を、ご覧のような感じで、雨の影響で少し肌寒く感じる日曜の昼時となりました。先週、FBである方と議論していて、言葉の使い方や取り上げる話題で、本質が外されることがあるのだという経験をしました。私はもと科学ジャーナリストですから、事実性、特に科学的に真か否かを、誰にでも理解できる形で示せなかったら、それは、無駄な取り組みになってしまう、あるいは、疑念や不必要な情緒を視聴者にあたえてしまう可能性があり、慎むべきだと考えています。
福島ケースにおける放射線被曝量の報道や、それに付随して発生する論議に、非常に心配する局面が多々あり、このFB内での論議も、有る箇所では危険な兆候もあるのではないかと感じています。しかしながら、日本国全体としては、この論議、まだまだ足りないのは事実。多くの国民が、不安を感じながら、世相の行くへを静かに注視しているというのが現状なのではないかと思います。だからといって、不安を煽り立てることが賢いやり方だとは思えません。
そのような事を考えている最中に、NPO法人セイピースプロジェクトのブログに、「放射線被ばくから子どももを守るために」を教えてもらいました。このリーフレットの中の4ページに、がんの発生率との相関で、「しきい値なしの直線モデル」という考え方が説明されています。これが、現在、国際的に、理性的で良心的な考え方だと説明しています。私は、これくら解りやすく説明できて、はじめて役に立つ資料=情報になるのだと思います。ということで、そのリンクを再録しておきたいと思います。是非、リンク先からグーグル・ドキュメントを手に入れて、読んでください。
http://blog.goo.ne.jp/saypeace/e/ef2483ae73e129febd88b39853bf6111

日曜日, 5月 15, 2011

虹を観るために

連休明けの講義、それも4日連続となると、さすがに疲れてしまった。しかも、昨晩は、気になることがあり、どうしても東北大学の石田研究室の取り組みをFbへ投稿しようとして、結局夜更かししてしまい、今日は、朝から調子が上がらない。しかし、金曜日中に、来週の講義のアウトラインを整理し終えないと、これも気持ちに響くので、いままでかかって何とか終えた。と言うことで、今晩は、このまま、就寝することにする。
震災からの復興の話題を考えるとき、都市社会から発想しては無理が生じるかも知れないという危惧感がある。日本を大事に考える人にとって、震災と原発問題は、現在、心痛の最大要素になっている。そんな中、ある人が南部牛追歌をポストしていた。また、東北大の学生たちが、地域社会の特性を活かした復興プランを提言している。元来、強固なコミュニティーが日本のどこよりも根強い東北の社会に、都市生活者では、感覚的に、発想的に、立ち入れない領域があることを充分に認識した上で、手助けを考えていきたいと強く思うようになっている。かくいう私も、ついつい、都市型生活者の発想に陥っている場合が多いと反省している。
一方、原発報道に関しては、国は国民の混乱を防ぐための「安心の演出」から、炉心溶融、核燃料棒の損傷について、明確な表現をさけてきたが、炉心や燃料棒への損傷があることを、ようやく認め始めている。しかし、メルトダウン、あるいは核爆発といった表現の現象かどうかについての詳しい検証は、出ていない。というより、現状、不可能なのだ。ロボットでの査察しか出来ないのだから。
放射線量のデータ開示についても、地元の研究機関がかなり突っ込んだ開示を始めているようだ。しかし、ここでも問題は、如何に健康被害に結びつくのかという、実生活の現状と照らし合わせての判断材料が、子供でも解る形で、可視化されていないことだ。勢い、ドイツの放射線汚染予測マップにすがっている方々も多い。これには、研究機関、行政機関、さらに国際的なサポートの中で、どうしても可視化する取り組みを必要としてる。子供にも解る絵解きと単純で、解りやすいコンセプトの提示が必要なのだ。
最後に、本職のメディア・ウォッチング課題としてのFbだが、知らぬ間にお友達が400名を超えていた。しかし、この間、スパムにより多くに方々に迷惑を掛けたり、あるいは、得体の知れぬなりすましに因縁を付けられたり、ウォールを勝手にいじられたりする事件にも遭遇した。セキュリティーに関するポリシーが、いままでの範疇とは違うのだろう。また、ニュース・フィードにこれまで自動的に入ってきた投稿先が、どんどん、遠のいているのを感じている。ニュース・フィードを構成するアルゴリズムの問題か、あるいは、何かの規制領域が最初から設定されているのかどうか、全く理解できない。ただ、自分のプロフィールの公開は、今後、徐々に閉めていこうと考えている。あるいは、お友達が1000人以上の方からのリクエストは、基本、考慮するというスタンスを取りたいと考えている。すべては、セキュリティーの問題だ。(5月13日作成)

土曜日, 4月 16, 2011

ソーシャル・メディアの台頭は、マスメディアの埋没を予感させる

インターネットを始めたのが1993年頃。97年には日本海側、特に福井の三国近郊ではナホトカ号の座礁事故があり、あの時はHPに事故関連URL集を創り、当時最新情報のソースとして最も定評のあったNTTのWhat's Newに大きく取り上げられたのを、思い起こしている。ボランティアが駆けつけるまでの2、3日は、次々と立ち上がる災害情報を掲示したHPのURLをせっせせっせと集めて掲載し、その合間に現地へ出掛けてボランティアもした。持ち帰ったデジタル画像が、中央の通信社に引き継がれ、マスコミにも掲載された。毎日寝ずにHPのメンテに明け暮れたが、1ヶ月程すぎると、事態は収まり、HPへの訪問者数も減衰し、2ヶ月後にはURL集は閉鎖した。
 先週からFacebookを始めているのだが、約1週間でお友達が60名近くになり、はたと、先に書き出したナホトカ号座礁事故の時を思い出したのだ。アクセスを依頼する、反対に依頼されるという関係が、あの時のあり方とよく似ているからだ。それぞれのノードからノードへの結節点に近い存在として、自分の画面(ハイライト/最新情報)に描き出される世界。おびただしいトラフィックの1ノードとしての自分という世界は、この先どのように展開するのか、全く解らない。当面やりつづけるのだが、これは重要なメディア・ウォッチングである。
 ソーシャル・メディアの台頭は、マスメディアの埋没を予感させる。しかし、あまりにも「ゆるい」セキュリティーで、やはり、IT化社会の荒波を知った経験者しか、安全に乗り切れないのかも知れない。今日も1件、なりすましを見破り、レポートしたばかりだ。

水曜日, 4月 13, 2011

ガツンとやる方が好きだな

MISIA - 明日へ(復興応援メッセージソング)をフェースブックのリンクから観た、聞いた。これだけ質の高い、ハートのこもったビデオ・クリップが居ながらにして体験できるのだから、歌番組や商品としてのCD,DVDって、何なんだろう??すでにデッド・メディアになってしまったのかも、と思ってしまうのだ。ご体験あれ!
MISIA - 明日へ(復興応援メッセージソング)
それと比べてしまって申し訳ないが、サントリーがスポンサーとなっている復興支援CMの「上を向いて歩こう」シリーズ、私は余りよい印象がない。良く考えてみると、We are the Worldを無意識に比較のイメージ対象としていたように思う。We are the Worldには、全員集合して、さぁ、一緒にやるのだという構成になっていて、合唱があったのだが、「上を向いて歩こう:シリーズ」には、それがない。ならば、その間隙を突いて、MISIAが浮上してしまうのだ。是非、見比べて、感じて、欲しい。
私は、一体となって、ガツンとやる方が好きだな。あるいは、イチローや孫さんのようにコメントなしで、ビシっとやるほうが好感持てますね。
PS:私も、YouTubeアカウントを創りました。いずれ、公開しますよ。

木曜日, 4月 07, 2011

世論には必ず揺れがある。その狭間に何かがみえてくる。

今日の各社のニュースで二つの記事が目を惹いた。一つは、日経の行きすぎた自粛を改める動きについての記事。もう一つは、米軍の支援に対して日頃の敵対意識が薄らぎ、頼りになる存在として見直す住民が多くなっている沖縄の様子やそのことに意識過敏に反応する沖縄のメディアの対応について解説した産経の記事だ。自粛の件では、上野の花見自粛の立て看板が外された件を報告していた。ところが、後者の記事(沖縄での住民感情の記事)は掲載されて、すぐに削除されている。何故だ?

水曜日, 4月 06, 2011

放射能拡散のシュミレーション

産経ニュース(HP版)を観ていて、オリジナルを観たくなり、ドイツ気象庁のHPへ行った。確かにアニメGIFで拡散をシミュレーションしたアニメが公開されている。ところが、不思議なことに、産経HPの記事「影響診断に温度差 ドイツ気象庁、拡散予想図」とは違うのだ。産経の拡散シミュレーション・アニメは日本全土が覆われているのだが、DWDに現在掲載されているものとは、違うように見える。何故か??
是非、各自で確かめてもらいたい。
ドイツ気象庁のHP
産経HPの記事「影響診断に温度差 ドイツ気象庁、拡散予想図」

クィックVote by 日経WEB 解散封印で再浮上する「大連立」

国難の災害時にあたり、民主党と自民党による大連立構想が浮上。その是非を問うアンケートを日経WEBで行われた。結果を見ると、約67%の支持を得ている。その結果報告が掲載されており、年齢と性別だけが表示される形で、アンケートに答えた人々のコメントも掲載されていた。思い起こせば、911以降、アメリカの大手メディア(New York Timesだったと思うが)が、同時テロに対する感想や意見を読者にもとめ、スレッドを整理してWEBに記名入りで掲載したことから、ブログがスタートしたことを思い起こせば、日本では記名によるアンケートはいまだ実現出来ないことが歯がゆい。ところが、フェースブックなどでは、これが可能になっているから、面白い。日経も大胆に改革しては、と思ってしまう。

火曜日, 4月 05, 2011

情報格差埋める努力を 編集委員 小柳建彦

昨日、デジタル・デバイドについて書いていたが、同じ内容の社説が日経新聞に出ていた。編集委員の小柳建彦さんが、表題の論説を1面で転回している。

月曜日, 4月 04, 2011

景観は奇妙で不気味

巨大津波に辺り一面が瓦礫と化した宮城県名取市閖上地区に、1本だけ災害に負けじと経ち続ける松の木。地域の人々はその姿に勇気と希望をみだしているという。そのど根性松を中心に描き出したパノラマ映像を産経新聞のWEBサイトが公開している。威厳に満ちた松の木とまわりの荒廃した周囲の景観は奇妙で不気味だ。
【東日本大震災パノラマ Vol.46】名取市閖上地区

金曜日, 4月 01, 2011

新年度

昨晩、BS1を観ていて4月からBS2が無くなる件についての案内を流していた。その時点までに、この件は承知していた。しかし、一瞬、慌てた。何故なら、明日から(つまり本日)無くなるという認識がなかったからだ。言い換えるならば、日時感覚がこの3週間の間にすっ飛んでしまい、震災・原発に意識の大半が奪われていたからだ。慌てて、体制を立て直したい。
 そこで、備忘録をアップする。ネット・IT関連では、3月末までに、次の事を行った。
1:タイムマシン用1THDを新たに購入、20時間かけてバックアップをやり直す。この1テラバイトのHDは9800円也。
2:NHKオンデマンドに登録。マックからのアクセスも可能になっていたので、登録したが、何故か、我がMacBookProは本編の再生を拒んでおり、いまなおその原因を究明中である。
3:日経新聞WEB版有料登録。この4月1ヶ月間、念入りにチェックする予定。新聞系WEBでは、今のところ他社の追従を許さない内容になっており、(といっても日本の新聞各社と比較しての話だが)他社の速報WEBとは一線を画している。だから申し込んだ。
4:震災・原発事故関連のURL集(自己バージョン)を作成し、FireFoxのブックマーク・フォルダーを作成。
5:FaceBook,ツィッターをついに使い出した。これは、体験上必要と考えていたが、ものぐさでいままでためらっていたが、もう体験するべきと考える。
 以上、メディア・ウォッチャーとしての勤めはこれからも果たしていくつもりだ。

火曜日, 3月 29, 2011

災害報道3週目

テレビも通常編成に戻り、災害報道は落ち着きを見せている。しかし、NHKはひきつづき番組の編成を災害報道を主軸に置き、多くの時間をついやして報道を続けている。何でも、軒並み20数パーセントを超える高い視聴率を保っているらしい。国策的なメディアとして長年にわたり役割を果たしてきたノウハウが活かされているように思う。
 一方、民放各社は通常番組に特別番組を差し込む形で放送しているが、相変わらずCM乃自粛が続いており、ACが流れ続けている。そのACも、初期バージョンは影をひそめ、新バージョンが続々登場している。約2週間で、30秒クリップのヘビーローテーションは飽きられたと言うことか。
 ユーチューブのアーカイブには、報道各社および一般市民がとらえた災害発生時のクリップがどんどん投稿されており、その量と質は、放送された内容をはるかにしのぐ。まさに圧倒される映像がつづき、息をするのも苦しくなるほどのインパクトを持っている。中にはつなみで家屋や車が濁流に流されるその脇で撮影されたものもあり、人々の阿鼻叫喚、モノが潰されクラッシュする金属音の連続に、背筋が凍り付いた。
 さて、福島原発の方といえば、出口の見えない袋小路にはまり込んでしまったようで、いまさらながらに原子力への幻想に惑わされ続けてきた現代の人類の「欲」が恨めしくなってくる。大江健三郞氏は、「原爆を体験し、原子力の醜さ、怖さを知っている日本人は、原子力に手を出すべきじゃなかったのだ」という趣旨の発言をされたようだ。私も全く同感。

土曜日, 3月 19, 2011

震災から1週間が過ぎた

テレビ番組の構成も、この土曜日からはほぼ平時の体勢に戻っている。IEAEによる独自の放射能測定値(主に東京都内)も発表され、オーバー・リアクション気味の諸外国の論調も冷静さを取り戻しそうな形勢になってきた。
 ネットでは、先週の日曜日頃からジャンクメールのたぐいが、極端に減少している。電力資源を考えての送信自粛が見事に功を奏している。これは、ネットを使っている人々全員が感じていることであろう。
 ワシントンポストのフォトストーリーでは、死体安置所の写真が掲載(13,14日頃と思われる)されていた。その写真では、死体は毛布やあり合わせのシートなどをくるまれていた。今日のテレビ報道をみると、家族との対面のため、死体安置所を訪れた人々を映し出していたが、そこには、木箱が整然と並んでいた。この状態になって始めて映像化する日本のメディアのモラルが伺われる。
 セリーグのナイター開催、リーグの開始について混乱しているが、東京都知事が取材に応じて、「ナベツネに聞いたら?!!」と答えていた。寡黙に、コメントせずに1億の義援金を出す野球人がいる一方で、読売の将帥のように、この非常時にわがままをいう人がいる訳だから、もう巨人軍は応援してもらえなくて、当然だ。

水曜日, 3月 16, 2011

メディアを考える。災害報道の現状を視聴者の立場から考える。

先週の金曜日から、テレビ、インターネットにへばりついてメディア・ウォッチングを続けている。災害時におけるメディア対応の事例研究として、逃せない状況だ。沢山、観察すべきポイントはあるが、ここでは、メディア・ウォッチャーとしての行動の一部をメモしておきたい。
 まず、一昨日MLへ流した内容から。
メディアコミュニケーション学科の諸君へ:
おはようございます。黒島です。明日は卒業式です。
さて、先週末の地震・津波被害、救助の情報をテレビに釘付け、手元にパソコン=インターネットで、継続観察しています。メディアの対応についての事例研究と言ってしまえばそれまでですが、今日の番組構成から、放送内容が大きく変わってきました。これは、95年の阪神淡路大震災の報道、あるいは、911同時多発テロのときとは違う体制をとっていることが解ります。また、福島原発関連の情報開示については、政府の統制、それもかなり厳しく押さえられた情報統制(あるいは情報未統制)が働いていることは、皆さんも感じられることでしょう。各国から駆けつけた緊急救助隊の活動内容が放送されるのか、米国軍、とくに空母を使用した救援活動が放送されるのか、など、チェックすべき観点が沢山あります。また、多くの死体が散乱しているという伝見情報は放送されても、死体散乱を映し出す映像は、いまのところ出ていません。などなど。君たちも、放送の構成や内容の傾向をよく観察して、今、この国の情報操作は、何処へ向かおうとしているのか、考えてみてください。メディア・リテラシーの訓練として、逃せない課題だと言えます。そして、自分は今置かれた境遇から、「何が出来るのか?」を考えてください。よろしくお願いします。
※ ワシントンポストWEB版には、災害地に設けられた死体安置所に並べられた死体の隊列を撮影した写真が掲載されていた。
※ ニューヨークタイムスWEB版には福島原発の事故過程が詳細なフラッシュ・アニメで解説されていた。日本のどの報道記事よりも解りやすく、客観性に溢れていた。
※ 今朝、行きつけの喫茶店で興味深い話を聞いた。昨日、今朝と、福井市市場でマグロが安値で、暴落しているというのだ。大量にマグロが出回っているらしい。その出荷地を推察すると、東北から近畿にかけてのマグロを養殖している一帯からの入荷らしい。津波で養殖マグロのケージが沖に流され、そのケージごと回収し、マグロを捕らえて出荷してきたようだ。完全に、違法な入荷のようだが、セリは行われ、結果的に大暴落値でさばかれたようだ。変な話だ。

火曜日, 3月 01, 2011

ウォーカーズ 迷子の大人たち

昨日、今日と、2日に渡り、BShiで再放送されたNHKドラマ「ウォーカーズ 迷子の大人たち」を観た。韓国ドラマに嵌っており、飽きが来るまで、いや、何かを極めるまで見続けてやろうと決意している最近の私だが、時には日本の秀逸なドラマを見ると、色々深く考えさせられる。というか、日本の表現文化の「核」のようなものに迫れるような錯覚をもってしまう。
 表現の形式も、ドラマ構成に対する方法論も全く日本のテレビドラマとは違う韓国ドラマが、一つの大きな多少となるべき山となって、対岸の山、すなわち日本のドラマを正確に、客観的に考えさせてくれるのだ。
 このドラマのDVDは手元に置きたい思う。そして、私もお遍路を体験したいと、切実に思うようになった。やってみるか? 

   アマゾン・プライムのラインアップ構成、なかなか気が利いていると思います。このお盆の時期、見放題のラインアップに、「戦争と人間=3部作品」や「永遠の0」が出てきていましたが、それよりも良かったと思ったのは、「空人」です。エンターテイメント性は希薄ですが、これぞ名画といった作品...