土曜日, 12月 02, 2006

藤原正彦著「この国のけじめ」文藝春秋刊

「国家の品格」はすさまじい売り上げ部数を記録したらしい。日本国民の多くが、現在の政治に、国家のあり方に、そして日々日常生活で感じている「何か今の日本はおかしい。何かが狂ってきているのではないか」との疑念をいだいている人々に受け、ブームとなった訳だから、今の日本にも、日本の国家、民族としてのアイデンティティを危惧する人々がいかに多いかという査証になったわけだ。毎年選ばれる流行語大賞にも、「品格」という言葉が選ばれている。そのニュースが、先ほどの夕方のNHKニュースで流れた。
 その品格の書を著した著者のエッセイや書評など、短編の著述をまとめたのが、この「この国のけじめ」である。後書きにもあるように、これらの短編を書き進める中から「国家の品格」をまとめる構想も生まれてきたらしい。
 藤原さんは、お茶の水女子大の数学の教授である。その大学での話として、新入生が受ける少人数ゼミのことが書かれていた。読書ゼミの話である。もう8年も続いているらしい。しかも、毎年受講希望者が殺到して抽選だという。本書でも、そのゼミのシラバスに掲載した文章がそのまま載っているのだが、ここでも引用させてもらおう。なにせ、私自身がやってみたくなったためだ。この「やってみたくなった」には、両面がある。自分も大学で開講してみたい、がその一。もう一つは、自分も女子大生に混ざって、受講したい。しかし、受講できないから、その香りだけでも、心に留めたいのだ。
ーー115ページ後半から116ページにかけてーーー
 学生向けの開講科目便覧にはいつも次のように書く。「主に明治時代に書かれたものを読む。毎週1冊の文庫本を読み、それに関する感想、印象、批評を書き、授業時に提出する。授業時には、その本の内容について討議を行う。提出された文章は、添削され、コメントを付され、翌週の授業時に返却される。ゼミの目的は、読書に親しみ、作文能力を鍛え、論理的思考力を高めることである。受講条件は、文庫本を週1冊読むだけの根性、および文庫本を週一冊買うだけの財力」ーーー
 端的に書かれているが、実に味わい深い。戦後の民主的教育の名のもとでの教育界では、先の大戦へ向かっていった精神主義的な発想を教育現場のオリエンテーション資料に記述することを、どこかでためらう気風がある。だが「根性」などという、いまや時代的な表現を堂々としている。しかも、この文章を読むのは、女子大生ですぞ!
 さらに、文庫本一冊を買うだけの「財力」とあるではないか。大学での勉学には身銭を切って進めるものなのに、今の大学では、教材や書籍やパソコンは学校が用意するものとばかりに甘えた気風を毎日感じている私としては、そうだ、そうだ、本ぐらい自分で買わなくてどうする。バイトは遊び金を稼ぐため、バイトと学業の選択となると、バイトを優先する気風が強くなっている現状を愁いいていた私は、この身銭を切りなさいと突き放す態度に、いたく共感してしまった。
 さらにさらに、日本のエリート女性の中のそのまたエリートにならんとする才媛があつまるお茶大でも、例えば、新渡戸稲造の「武士道」をひぃひぃ言いながら、なかなか読みこなせなかったり、「名誉を守ることは生命より大切」との一文に、ほぼ全員が否定的な反応を示すという。アメリカ型自由主義に犯された彼女たちは不快感を露わにするというのだが、聡明な彼女たちであっても、市場経済主義の原理に翻弄され、歪んだ民主主義のレトリックの罠に掛かっている姿を報告している。もっとも、回を重ねるうちに、日本的なるものの輪郭を朧気ながらも理解するようになり、大学時代でもっとも印象に残る大学生活導入講座となっているらしい。
 という訳で、私は自分のセミナーの学生(2,3年生5名、うち一名は中国からの留学生)に、安田喜憲さんの「一神教の闇」をこの冬季の課題書籍としてプレゼントし、読書感想文を書かせる。先日、一足早いクリスマス・プレゼントとして渡したばかりであるだが、残念ながら「買って、読んで、レポートを書いてこい」とは言えなかった。情けない。

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