著者佐藤和孝氏は独立系ジャーナリスト集団「ジャパンプレス」の主宰である。先の2001年同時多発テロに端を発するアフガン侵攻、イラク戦争において、現地からのライブ中継を行っていたジャーナリストと言えば、思い出す人も多いことだろう。日テレの「今日の出来事」での活躍を記憶する人も多いはずだ。
佐藤氏は二十数年にわたる戦場報道の前線において、さまざまな経験を積んでいるが、そのインサイドストーリーを、「食べること」に焦点を当てて、描き出している。地域の文化、とりわけ現地の庶民の食事に近い戦場食をとおして、次の瞬間絶体絶命の危機に立たされるとも限らない状況下でも食事をする人々と、彼らとの交流や実際に食した料理を、戦場というレストランでの話として伝えている。そして、その文章は、カメラマンとしての環境認識力に裏打ちされた秀逸な情景描写力となって、リアリティを生んでいる。
特に気に入った一節を紹介したい。それはインドネシア・アチェ州で反政府ゲリラを取材したとき、ゲリラの仲間たちから出された食事をしているときの情景描写だ。
ーー唇が腫れ上がり、胃が痺れる。汗腺が壊れてしまったかと思われるほど、全身から汗。内臓まで汗をかくのだ。熱帯の暑さと唐辛子。汗を流しながら食べるのも気持ちがいい。(173ページ)ーー
私は、この「内臓まで汗をかくのだ」という表現が気に入ってしまった。こちらまで、胃のあたりがジンジンしてきそうである。インドネシアのサンバル(赤唐辛子味噌)の辛さは私も大好物だが。
あるいは、旧ソビエト連邦のチェチェン紛争の取材に出掛けては、羊の焼き肉にこだわっている。
ーー六十センチは優にある鉄の串に刺さった肉が運ばれてきた。その串にこぶし大の骨付き肉が四つ刺さっている。「ゲンコツ」が刺さっているようだ。肉は羊である。
フォークで肉を串から抜き取る。火から下ろされたばかりの羊肉は、指でちぎれないほど熱い。かまわずかぶりつく。炭火で焼かれたその肉は程よく火が通り、歯ごたえはあるが柔らかい。咀嚼し肉のエキスを吸う。塩味がきき、炭の香りで燻された味が強烈に舌に残った。
(181ページ)ーー
端的な表現の中に、味覚に対する強烈な感受性を感じるのだ。そのような鋭敏で研ぎ澄まされた感覚から、死の恐怖と戦いながら戦争報道してきた者の感性が生まれたのかもしれない。紛争地の政治情勢(争いの根源的理由)や、文明の衝突地帯の悲酸を、食べるという人間本来の基層から描き出した秀逸な戦争ジャーナリストのエッセイである。
マスターは、2019年3月末をもって四日市大学環境情報学部のメディア専攻の教授職を辞しました。科学雑誌Newtonの編集者にしてNY特派員、大学でのメディア教育、これらの経歴を活かしつつ、これからは情報工房伽藍の主催者として、引き続きメディア・ウォッチングを続けます。これからは特に、オンデマンド系について、こだわっていきたいと思います。
金曜日, 11月 24, 2006
佐藤和孝著「戦場でメシを食う」 新潮新書
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