渇いた空気、単層化した自然、紺碧の空と青い海。地中海地方の風土は 目に浮かぶ。そんな地中海地方で地球環境考古学を開花させた一人の筆者は、日本の誇る碩学の師に巡り会ったことから、畑作牧畜の文明と稲作漁労の文明という概念を結実させた。その切っ掛けとなったのが、稲作漁労の文明をもとに都市まで持っていた長江文明だったのだ。この本は、師と弟子とが、21世紀最大の発見となろうとしている長江文明遺跡をともに探査しながら、この発見の持つ意味をお互いに語り尽くそうとした書である。
安田先生はさらに、畑作牧畜の文明は「力と闘争の文明」であり、現在の危機的環境問題を生み出した文明として位置づけ、長江文明のような稲作漁労の文明は、自然から恵みを得ることを重視し、深い自然への洞察と勤勉で誠実な自然への働きかけを重視してきた「美と慈悲の文明」だと説いている。そして、環境問題に待ったなしの21世紀初頭にその存在が明らかになったことを、天からの啓示ださえ言っている。
この書籍は学術書ではない。構えないスタイルで、師と弟子とが、長江文明発見のバックグランドを共に旅するその道程を、さまざまなエピソードを挿入しつつ解説している。当初、長江中域の質柔な風土を嫌って出掛けたがらない安田氏を引っ張り出した梅原先生が玉器を観て、高度な文明の存在を直感するが、その重大さに気がつかない安田先生をしかりつけるところなど、面白い。その重大さに気がついた安田先生は、それからというもの梅原先生と同行し会話を交わす際は、テープレコーダーを持参して、梅原先生の発言を最大漏らさず録音しているという。梅原先生の直観的に重大さを見極めるその力は、膨大な碩学に成り立つものだとも説いている。
そんな二人の交流の軌跡も面白いのだが、愁眉は、なんと言っても「力と闘争の文明」である4大文明史観を打ち破る稲作漁労の文明、言い換えるならば、「美と慈悲の文明」の発見物語である。
私事になるが、この夏の終わり頃、私は北京での博物館調査に出掛けた。初めての中国旅行である。オリンピックを控えた北京は、一昔前の東京のようの思えたが、空港に降り立ち、タクシーで北京市内へ向かう道中に直観的に思ったことがあった。それは、「この国はなんとアメリカ的なことか!」という感想なのである。それはホテルに入り、市内を徘徊し、テレビを観れば見るほど、その思いが強くなって行った。それが、何を意味するのか、帰国してから手当たり次第に勉強していた。そして、この安田文明史観に出会い、一挙に解決した。
私が感じていたのは、「力と闘争の文明」そのものだったのである。北京郊外の巨大ビル群は、アメリカで言うと、ヒューストンやダラス、あるいは、中西部の都市のように、広大な敷地を、広大に構造化してそそり立っており、その景観、イメージからの感性は、まさにアメリカ的。そこに通底する感性、思想は同じじゃないか、という感想だったのである。その意味が、解らないから、この3ヶ月、勉強に、勉強していた。そして、大橋力先生の道場に出掛けて、安田先生のことを知り、書籍を猛読して、ようやく納得したのである。
畑作牧畜の文明=「力と闘争の文明」は、家畜の餌となる草原を求めて、ときには遊動する場合もあり、そうなると空間認識力として、「俯瞰」する力や発想を、自然と身につけるという。ところが、稲作漁労の文明=「美と慈悲の文明」は、特に稲作を考えてみても、稲を植え、草を取り、穂を刈り取り、といったメンテナンスを、その地に張り付いて、絶えず地上に向かって視線を落としながら、地球を見つめながら過ごさなくてはならず、おのずと自省的、内観的空間認識となると説明している。なるほど、俯瞰の発想が強ければ、確かに宇宙へも平気で出掛けることになるのだ。
マスターは、2019年3月末をもって四日市大学環境情報学部のメディア専攻の教授職を辞しました。科学雑誌Newtonの編集者にしてNY特派員、大学でのメディア教育、これらの経歴を活かしつつ、これからは情報工房伽藍の主催者として、引き続きメディア・ウォッチングを続けます。これからは特に、オンデマンド系について、こだわっていきたいと思います。
日曜日, 11月 26, 2006
梅原猛、安田喜憲共著「長江文明の探求 ー森と文明の旅ー」新思索社
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