先週の金曜日頃から、このところ途絶えていた映像体験研修を集中的に行っている。主に、DVDと映画館へ出掛けての研修である。研修対象作品は、DVDでは宮崎アニメ「魔女の宅急便」「のだめ・カンタービレ」「プラダを着た悪魔」、映画館では「バベル」「クイーン」の5作品である。
それぞれ勉強することはたくさんあったのだが、ここは「バベル」について考えておこう。監督は、メキシコ人のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、1962年生まれの45歳。これも話題作となり役者たちがアカデミー賞にノミネートされた「21グラム」の監督でもある。この映画の底流を流れるテーマは、「境界を形成するものは、言語、文化、人種、宗教ではなく、私たちの中にある」(公式HPの監督紹介コーナーから引用)だという。確かに、このような難しいテーマを見事に描ききった手腕には驚いた。しかし、さらに驚いたことは、このテーマをアメリカの映画界がこぞって受け入れ、アカデミー賞の作品賞の対象にもなったことだ。
人間の奥底にある「境界」を創り出してしまうもの、いわば、人間としての「業」のようなものを普遍的に描こうとしているように思う。確かに監督自身の言葉や、そしてタイトルは、旧約聖書から借用した「バベル」。しかし、私にはもっと他にメッセージがあるのではないかと思った。それは、アメリカ型のグローバリゼーションがいま世界にもたらしている「傷」についての叫びである。傲慢で身勝手なアメリカ人夫婦をおそった被弾事故から、物語は同時進行的にモロッコの砂漠地帯とモロッコ人通訳の住む貧村、メキシコからの善良な出稼ぎ家政婦と彼女の息子や従兄弟たち、そして、不法入国が恒常的に問題化しているアメリカ・メキシコの国境砂漠地帯、銃撃に使われた銃の元所有者である日本人の父親と聾唖者である娘。住んでいるのは欧米化した都市文化とは明らかに異相の発展を遂げている東京。
人の心の中に巣くう砂漠のような、乾いた、ザラザラしたもの。その象徴としての乾いた大地、はげ山と化しているモロッコの山岳地帯。晴れやかなはずの結婚式のフェスタが開かれるメキシコの貧村にも、砂埃が立ちこめ、祝祭の行く末に不安を投げかけている。それは、華やかでコンクリート・ジャングルと化した東京の繁栄の中にある実像として砂漠にも繋がる映像。見事な構成力で観る人々に気付かせてくれる何か。見事な映画としか、言葉がない。
全体的にドキュメンタリータッチの映像が続く中、一カ所だけ、生っぽいシーンが出てくる。それは、メキシコからの家政婦がアメリカ人夫妻の二人の子供を自分の息子の結婚式に連れ出し、帰り道で国境を監視するポリスとトラブルを起こしてしまい、不法滞在がばれて、即刻国外退去を言い渡される留置場でのシーンである。この部分だけは、定式化したアメリカ裁判映画のタッチで、そのシーンだけが、やけに「生っぽく」描かれている。そのシーンだけは、実に異質なのだ。監督の明らかなメッセージといえるのではないだろうか。
何故なら、観客をある種のカタルシスへ誘うシーン群、例えば、警官隊に追い詰められ、兄を死なせてしまい、ついには自ら銃撃犯であることを叫び、兄を助けてくれ叫ぶシーン、あるいは、孤独の局地から父親の懐に抱かれ、絆を回復していきそうなことを予感させるマンションのベランダでのシーン(役所広司と菊池凛子)、ハイウェイ国境の出口へ強制退去を強いられた母親を息子が出迎えるシーン、これらの、いわば安堵させるシーン群ですら、ドキュメンタリー風の映像美で綴られているからだ。
「バベル」公式HPへのリンク
マスターは、2019年3月末をもって四日市大学環境情報学部のメディア専攻の教授職を辞しました。科学雑誌Newtonの編集者にしてNY特派員、大学でのメディア教育、これらの経歴を活かしつつ、これからは情報工房伽藍の主催者として、引き続きメディア・ウォッチングを続けます。これからは特に、オンデマンド系について、こだわっていきたいと思います。
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